本件の訴状 (大国林道開設訴訟について)

1993年上空から見た、やんばる山地、大国林道

請求の趣旨

1、被告沖縄県知事は、広域基幹林道奥与那線事業に関して、公金を支出し、契約を締結もしくは履行、債務その他の義務を負担し、または地方債起債手続きをとってはならない。

2、被告大田昌秀は、沖縄県に対し、金1億4千3百万円及びこれに対する平成8年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3、訴状費用は被告らの負担とする。

  との判決並びに仮執行宣言を求める。



請求の原因

第一、当事者

1、原告らは、沖縄県の住民である。

2、被告沖縄県知事大田昌秀(以下「被告知事」という)は、沖縄県が行う公金支出、財産の取得、管理、契約の締結、履行、債
  務その他の義務の負担に関する最終権限を有するものである。

 被告大田昌秀(以下「被告大田」という)は、沖縄県知事として、後記のとおり広域基幹林道奥与那線開設事業(以下「本件事業」という)に関し公金を支出させたものである。


第二、本件事業の概要

 沖縄県は、平成5年度より広域基幹林道奥与那線(大国林道北進線。以下「本件林道」ともいう)の建設工事に着手し、同11年度に完成予定である。
同線は、国頭村字佐手の県道二号線を起点とし、照首山林道、我地佐手林道(一部)、楚州林道(一部)、造林作業道、伊江林道、(一部)、奥1号林道を編入して奥の集落南側に至る総延長14.2km、全副5mの林道で、完成後は、現在沖縄県唯一の広域基幹林道である大国線(延長35.5km、幅員5m)の北進線としてこれと合体し、やんばるの山地脊梁中腹部を縦断するやんばる林道網全体の背骨となる。

第三、本件事業の違法性

一、緒論−やんばる地域の自然環境

1、沖縄県北部地域、なかんずく最北部の3村、国頭村、大宜味村、東村にまたがる山岳地域を通称やんばるという。
 やんばるはイタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹林に覆われている。このイタジイ群集は、気候的に湿潤亜熱帯といわれる沖縄の極相森林(クライマック・フォレスト)すなわち、一定の気候条件のもとで植物群集が遷移によって到達した終点であり、気候の変動がないかぎり半永久的に永続する森林である。
 
 やんばる山地の特異性は、小さい島のごく限られたこの山域に多くの個有種が分布、生息していることである。
文化財保護法による天然記念物、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下「種の保存法」という)・同法施行例17条所定の希少野生動植物種、環境庁編日本版レッドデータブック「日本の絶滅のおそれのある野生生物」(1991年)掲載の絶滅危惧種・危急種・希少種(以下、単に「絶滅危惧種」などという)がやんばるに多数見られる。このようにやんばるは種の多様性、希少性という点で国際的に有名であり、「東洋のガラパゴス」ともいわれる。

 地球上でやんばるだけに生息する動植物は、現在わかっているものだけで192種に及ぶされるが、これらの生物を育んできたのが、イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹林にほかならない。
イタジイの森は、そこに生息する生き物たちを台風や冬の北風、潮風から守り、夏の強い日差しを柔らげ、これら希少動植物の生息に最適な温暖湿潤で安定した環境を保つ役割をはたしてきたのである。ここで、やんばるの固有(亜)種の代表的な例を挙げると次のとおりである。

@ ヤンバルクイナ ―世界中でやんばるのみに生息し、1981年に発見、命名された。国指定天然記念物、種の保存法の希少野生動植物種に指定され、絶滅危惧種である。飛翔力のないこの鳥は木立の密度が高く、樹冠が鬱閉し林床にも植物が密に生息する沢や谷沿いに生息し、明るいところにはめったに出ないといわてれいる。

A ノグチゲラ ―やんばるの固有種、国指定天然記念物、種の保存法の希少野生動植物に指定され、絶滅危惧種である。世界中でやんばるの原生的自然林の中だけに生息する1属1種のキツツキ。
 営巣的木は樹齢50年以上のイタジイの大木や老木で、傾斜した部分(地表に対し60〜75度)を利用し、同じ巣は再度利用しない(毎年巣を変える)など多くの条件がある。
生息数はわずか90羽前後(1990年現在)と推定され、個体群を維持できるかどうか危惧されている。

B ヤンバルテナガコガネ ―やんばるの固有種、国指定天然記念物、種の保存法の希少野生動植物に指定され、絶滅危惧種である。1983年に発見された日本最大の甲虫類で、世界中でやんばるの自然林だけに生息し、学術上は「生きている化石」の一つとされている。
 幼虫は老木や古木のウロ(樹洞)の中の腐葉土を食べて成長する。やんばるの開発に伴い、ウロのある老木が急速に失われている現在、絶滅が最も心配されている種である。
 
C オキナワトゲネズミ ―やんばるのみに生息する固有亜種で、学術的に貴重な動物とされている。国指定天然記念物、危急種。

D リュウキュウヤマガメ ―やんばる、久米島、渡嘉敷島だけにすむ固有亜種。国指定天然記念物、危急種。

E ホントウアカヒゲ ―沖縄本島と慶良間諸島にすむ固有亜種。国指定天然記念物、種の保存法の希少野生動植物種、危急種。

2、やんばるには、沖縄本島の脊梁となる山系が、島のやや西側に南北にかけて連なり、その東西に段丘地形(古い地層からなる中央山地とそれをとり囲む沿岸台地、海岸段丘により特徴ずけられる地形)が発達している。
最高でも標高500メートルを超えない山々(最高峰の与那覇岳で498メートル)には、無数の沢が流れ、大小の多くの河川となって海にそそいでいる。
 そして、流程距離が短く、多くが急斜面であることから渓流が複雑な地形を形作り、亜熱帯山地の渓流に特徴的な渓流植物群落が発達している。これらの植物は渓流ごとに隔離され、固有種の分布も多い。

3、やんばるの年間降雨量は、与那で2956ミリメートル、与那覇岳山頂付近では3000ミリメートルを超える。
 このように多雨地域であることから、大量の雨水をスポンジのように吸収し貯えるイタジイの自然林が、沖縄県民のみずがめ、生活用水の供給源としても極めて重要な機能を果たしてきた。

4、やんばるの土壌は、国頭マージと呼ばれる赤土で、粒子が細かく粘着力が弱いため保水力が貧弱で、分散しやすく、真水(河川)に溶けて運ばれ、海水に出会うと急速に沈殿する性質を有している。
 裸地化した国頭マージは、10分間に3ミリ以上の降雨があると侵食が起こるといわれている。
亜熱帯樹林の林床は薄い(約5センチメートル)ため、樹木の伐採や下生えの刈り取りによって容易に赤土を露呈させる。
 しかも沖縄の降雨はスコール型であり、雨滴も大きく極めて集中性が強いことから降雨強度が高い。そのため、裸地化した土壌は降雨により侵食され、赤土を流出させる。

二、大国林道開設による自然破壊と被害の実態

1、前述のとおり、やんばるは野生生物の宝庫であって、沖縄県のみならずわが国が世界に誇るべき自然遺産であるが、それらを育んできたのが極相森林たるやんばるの自然林(イタジイを優占種とする亜熱帯常緑樹林)である。
 ところが、1977年(昭和52年)から17年の歳月と45億9000万円の建設費かけて完成された既設の広域基幹林道「大国林道」は、やんばるの脊梁山地を縦断して山地最奥部の森林を分断し、亜熱帯の地形を著しく変貌させ、膨大な量の赤土を流出させた。

 その結果、希少動植物の生息域であったイタジイの自然林が伐採により広範囲にわたって消滅し、あるいは消滅の危機にさらされ(イタジイは冷気に弱く、林道が風の通り道となり、乾燥する上に冬は冷たい風がとおり抜けるため、沿道のイタジイに立ち枯れが進行している)、それまでの安定した生息・生育環境を奪われたノグチゲラをはじめとする希少動物は、文字通り絶滅の危機に瀕することとなった。
(環境庁が、1991年にノグチゲラ、ヤンバルクイナ、ヤンバルテナガコガネ等を絶滅危惧種に指定したことは前述のとおり)。
 しかしこれらの希少動物は棲家を追われただけではない。大国林道開通後は、オートバイや四輪駆動車が高速で疾駆するようになり、騒音や排気ガスの悪影響が懸念されるだけでなく、リュウキュウヤマガメ等の両生類や爬虫類、鳥の雛等林道を横切っていた動物が自動車に轢かれる事故も多発している。

 また、これらの小動物が林道脇のU字側溝に転落して脱出できないまま死亡するという例も多数報告されている。
(昭和62年6月から13ヶ月にわたって実施された調査では、U字側溝に転落して這い上がれなくなっていた動物はリュウキュウヤマガメ、シリケンイモリなど両生類や爬虫類を中心に23種、約2000匹に達していたという)。
 このことはまた、側溝に落下した動物の減少のみならず、地上を移動する動物の生息域が林道(U字側溝を含む)によって分断されるおそれのあることを意味する。希少生物の生息域が分断されると、生息範囲が狭められることで近親交配−遺伝的劣化(近交弱勢)を招き、弱体化によって種の絶滅が加速されると指摘されている。

 現在、やんばるの希少生物にとって、人間が捨てた野良猫・野犬や、戦前にハブ防除のために輸入、放飼され、中・南部に定着していたマングース(肉食獣)のやんばるへの進入(北進)も大きな脅威となっている。
飛べない鳥であるヤンバルクイナが生息できたのは、天敵となるような肉食獣がいなかったからと考えられている。
 しかし、林道の開設がこれら肉食獣のやんばるへの進入を許し、ヤンバルクイナをはじめとする希少動物がその餌食になっているとの報告がある。

2、大国林道の開設工事、開通によって、県民の貴重な水資源の源流である100箇所以上の沢が分断された。
 その結果、イシカワガエル(奄美大島・沖縄本島の個有種、県指定天然記念物、危急種)、ホルストガエル(沖縄本島固有種、県指定天然記念物、危急種)、ナミエカエル(沖縄本島の個有種、県指定天然記念物、希少種)、などの大型カエルをはじめとする渓流や河川に生息する生物の生態系が分断、破壊された。
しかも、断ち切られた沢の水は伏流水となり、林道周辺の地盤を弛め、大雨時の土砂崩れの一因となっているとも考えられている。

3、大国林道の建設工事は、急斜面、頻繁に襲来する台風、スコール型の降雨、浅い腐食層等のやんばるの特徴を考慮せずに進められた(後述のとおり環境影響調査もなかった)ため、建設中もいたるところで土砂崩れが起きたばかりか、建設後もコンクリートで固めた斜面が頻繁に崩壊している。
 例えば、1994年(平成6年)5月18日に予定されていた大国林道の開通式は、雨で土砂崩れが起こり、通行不能となったため、直前になって急遽延期され、翌95年3月30日にようやく実施された。
更に、開通後の3ヶ月後の1995年(平成7年)6月にも、大雨のため実に27箇所で土砂崩れが起き、路肩がガードレールごと崩れ落ちたり、赤土が流出するなどの被害が発生し、修復費用は1億1千万円を超えるとの県の見積もりが発表された。

4、大国林道は建設工事中に樹林の伐採に伴って大量の赤土を流出させたばかりか、完成後も前述のような土砂崩れを繰り返すたびに赤土流出を惹起している。
 赤土はやんばる山地を源流とする多くの河川を赤茶色に汚染しながら海に至り、サンゴ礁の内海に沈殿、滞留してサンゴを生き埋めにするとともに、オニヒトデの異常繁殖を促し、サンゴ礁に壊滅的打撃を与えた。
サンゴ礁は、沖の魚類が生育する場所であるから、赤土流出による海洋汚染ないしサンゴ礁の破壊は、魚類の漁場からの逃避、成長阻害を惹起し、沖縄県の沿岸漁業に被害をもたたらしている。
さらに赤土による海洋汚染とサンゴ礁の破壊は、「青い海とコバルトブルーに輝くサンゴの海」をキャチフレーズとして発展してきた沖縄県の基幹産業である観光産業にも甚大な影響を及ぼしている。

三、本件事業の違法性

 本件事業すなわち広域基幹林道奥与那線の開設は、前述のとおり、大国林道の延長線(北進線)として行われるものである。
既設の大国林道がやんばるの自然環境、希少動植物の種の存続に甚大な悪影響を及ぼしているいるばかりか、度重なる林道の崩壊、防止策の困難な赤土問題等によって沖縄県民の日常生活や経済にも現実的な影響を及ぼしていることは右に見たとおりである。
 そして現在、沖縄県は、本件事業の遂行により、右のような大国林道開設による自然破壊の愚挙を再び繰り返し、世界的にもかけがえのないやんばるの森の生物にとどめを刺そうとしている。
このような本件事業が、法的にも違法と評価されなければならないことは以下に述べるとおりである。

1、本件事業は環境影響評価が実施されておらず、違法である。

@ 沖縄県は、国の環境影響評価実施要綱(1984年閣議決定)を踏まえて、1992年(平成4年)に「沖縄県環境影響評価規定」を定めた。
 それによると、県内における林道建設の場合、広域基幹林道で車道幅員が4メートル以上、延長2キロメートル以上のものについては環境影響評価を行わなければならないことになっている。
ところが、沖縄県は本件事業について環境影響評価を実施しておらず、本件事業は違法といわざるを得ない。

A 沖縄県が、本件事業に先立つ大国林道(幅員5メートル、延長35.5キロメートル)の建設にあたって環境影響評価を実施しなかったことは前述のとおりである。
 奥与那林道は、ほとんどの部分において未舗装既存林道の拡幅・改築という形をとっているものの、その事業規模は、総事業費21憶5000万円、1kmあたりの事業費は約1億5100万円で、本件事業に先立ってなされた大国林道の事業規模(最終工区、第8工区では1kmあたり約1億4800万円であった)に匹敵し、広域基幹林道の新設と同視すべき工事である。
 しかも、奥与那林道は、大国林道の延長線上に建設され、これと合体してやんばるの山地を南北に縦断するのであるから、完成後の林道全体の規模に鑑みるとやんばるの自然環境に対する影響は決定的といっても過言ではない。
 環境影響評価が実施されないまま敢行された大国林道の環境破壊の実態は前述したとおりであるが、その延長線(北進線)としてなされる奥与那林道の開設工事、開通によってこれと同等(あるいはそれ以上)乃影響、被害が起こり得ることは容易に推測されるところである。

2、本件事業は文化財保護法等に違反し、違法である。

@ やんばる山地に生息する動物22件、植物16件が文化財保護による国の天然記念物に指定されている。同法80条1項によれば、天然記念物の保存に影響を及ぼす行しようとするときは、文化庁の許可を受けなければならないところ、本件事業が前記やんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすことは大国林道の例に照らしても明らかである。
ところが、被告沖縄県は、本件事業について文化庁の許可を受けていないのであるから、本件事業は同法に違反し違法である。

A やんばるの森に生息するヤンバルクイナ、ノグツゲラ、ホントウアカヒゲ等は、種の保存法の定める国内希少野生動植物種に指定されている。同法によれば、国内希少野生動植物種の生きている固体を殺傷又は損傷することは、原則的に刑罰をもって禁止されている(9条、58条)。
 ただ、国の機関又は地方公共団体が9条2号及び3号の場合以外の場合に国内希少野生動植物種の生きている固体を殺傷又は損傷しようとするときはあらかじめ環境庁長官に協議しなければならないとされている(54条2項)。
本件事業の遂行(開設工事の施工)は右に掲げた国内希少野生動植物種の固体に対する殺傷ないし損傷をともなうものであり、したがって、沖縄県は本件事業の開始に先立って、あらかじ環境庁長官に協議しなければならないが、これを遂行していない。

3、本件事業は人格権を侵害し、違法である。

 大国林道の前例に鑑みるならば、奥与那林道ついても工事中及び完成後の大雨による土砂崩れの頻発、赤土の流出とそれによる河川及び海水の汚濁、サンゴ(礁)の死滅・破壊による漁業や観光産業への打撃等の事態が発生する蓋然性は極めて高い。林道の崩壊は膨大な額の修復費用の支出を余儀なくさせ、これまで以上に県財政を圧迫し、県民に無用な税負担を強いる結果となるであろう。
 また、林道開設のために森林を皆伐することは、県民のみずがめであるやんばるの森の保水力を一層低下させ、水資源の確保をさらに逼迫したものとし、県民の日常生活に直接的な打撃を与えるであろう。
これらのことは、原告らないし沖縄県民の人格権をはじめとして、財産権、環境権、自然享有権に対する現実の差し迫った危険、侵害行為であって、この点からも本件事業は違法といわなければならない。

4、本件林道は必然性、経済合理性を欠き、違法である。

@ やんばるには、既に、県営林道として大国林道(広域基幹林道)のほか12の普通林道が、また国頭村営林道として10路線、大宜味村営林道として四路線の林道が存在する。県営林道は県全体で16路線であるが、そのうち13路線がやんばるに集中していることになる。
 他方、やんばる地域の森林面積は約2万7000ヘクタールで、そのうち民有林が1万9407ヘクタールを占めている。そして、林業の実態をみると、林業人口は年々減少傾向にあり、また産業に占める林業従事者(森林を所有し、そこにおいて林業施業をしている者)の比率も年毎に減少している。近年では森林所有者における不在地主の増加も顕著であるとされる。
 
 やんばるでは、本土復帰後の1974年に北部森林組合が設立され、また1984年に国頭森林組合が発足し、市町村及び県の委託を受けて森林施業を実施している。
 森林組合の事業の中心は森林造成で、これに次いで病害虫駆除事業があるが、これらはいずれも補助金で賄われている(森林施業に対する補助金は原則として7割、残り3割は所有者負担となっている。
県有林、市町村有林は結局全額税金で賄われることになる)。復帰以後、沖縄振興開発特別措置法による高率の国庫補助が始まり、とくに1970年代後半からまさに嵐のような勢いで天然林の大面積皆伐が進められた。

 伐採面積は、土地改良事業(農地転用)による分を含めて1977年から1991年までの13年間に2443ヘクタールで、このうち林業施業としての伐採(収獲伐採)は1024ヘクタール、農地転用のための伐採は1419ヘクタールである。伐採された天然林は、無料で森林組合に払い下げられ、その60% がチップ(細かく砕かれたパルプ原料)にされる。
 生態系としては最も価値の高い照葉樹林は、その大半が林業生産のなかでも最も経済的価値の低い用途に供されているのである。しかも、林業施業における伐採後の植林にあたって一番植えられてきたのは落葉樹ニゴノキであり、気候に適合しないためか枯れた埴栽地も多い。

 このような林業施業の中心をなす造林事業のほとんどは市町村有林で実施されているが、木材需要の減退、農山村の過疎化と林業就労者の高齢化や減少等により近年は伐採面積が減少しており、同時に人工造林も減少し、土地改良(農地転用)事業に伴う伐採の方が林業施業のための伐採量を上回る状況が続いている。
 このように縮小傾向をたどる収獲伐採に反比例して増大しているのは「育成天然林整備事業」というもので、天然林の下草や潅木を下刈・除伐するものである(これまた、補助金によって賄われている)。しかし、この育成天然林整備事業は自然環境保全という面で極めて大きな問題を抱えている。
 すなわち、やんばるの常緑照葉樹林の下部は、多くの下生え(下草や潅木等)で覆われており、これらの密生が豪雨をくい止め、根が水を吸収保持し、落葉が土に腐食性を提供しているのである。
 したがって、下生えの刈り取りによって森林内の風通しがよくなって林内は乾燥し、亜熱帯の森特有の温暖湿潤な環境は失われる。

 その結果、下刈り自体によって多くの貴重な植物、昆虫、小動物が失われるだけでなく、その後も湿性植物、昆虫、微生物等の生息は阻害され、ひいては下生えに住む昆虫類を餌とするノグチゲラやホントウアカヒゲ等も生息を脅かされることになる。また、林内の乾燥は、湿った樹洞(ウロ)内で生育するヤンバルテナガコガネ等にとっても大きな脅威である。

A このようなやんばる乃至沖縄県における林業の実態に鑑みるならば、林業の合理的経営及び集約的管理という林道の施設目的に照らしても、新たに広域基幹林道を設置する必要性は全くなく、林業施業は既存の林道で十分賄うことが可能である。
しかも、本件林道の巨費の建設費用及び将来にわたって支出が予想される維持修繕費用を考えると、本件事業に要する費用は、本件林道開設よってもたらされる効果をはるかに超えるものである。

B 結局、本件事業は、総じて事業としての相当性がなく、実質的に違法といわざるを得ない。

第四、被告らによる違法な財務会計上の行為と本件請求について    
 
  以上のとおり、本件事業は違法であるから、それに関してなされる被告らの財務会計上の行為もまた違法の瑕疵を帯るといわなければならない。

以下、本件各請求について論ずる。

一、被告知事に対する公金支出等の差止請求

1、本件事業が違法であるから、被告知事が本件事業に関して行う工事請け負い業者との間の締結、その他の義務の負担行為もまた違法であり、ひいてはそれら契約ないし義務のために行う公金の支出等もまた違法である。

2、本件事業の事業費は21億5000円と予定される。
本件事業は、沖縄振興開発特別措置法に基づくものであるが、同法によると、事業費の負担割合は、国80% 、県10%、施行主体10%とされており、したがって本件事業の施行主体である沖縄県の総事業費に対する負担割合は2割、4億3000万円ということになる。
 平成7年度には本件事業費として7億1500万円が支出され、沖縄県はその2割である1億4300万円を負担した。

3、被告知事が、今後も、本件事業に関して、公金を支出し、契約を締結もしくは履行し、債務その他の義務を負担し、または地方債起債手続きをとることが相当の確実性をもって予想される。
 そして、右公金支出等によって、沖縄県に回復困難な損害が発生するおそれがあることも明らかである。

二、被告大田に対する損害賠償請求

 被告大田は、県知事として、前記のとおり平成7年度の本件事業費負担分1億4300万円を支出させた。
 被告大田は、本件事業が違法であり、したがってまた同事業に関してなした右公金支出が違法であることを知り、または過失により知らずに右支出を命じ、その結果沖縄県に対し同額の損害を与えたものであるから、沖縄県に対してこれを賠償する責任がある。
 そこで原告らは、沖縄県に代位して右損害賠償請求権を行使する。

第五、監査請求

 原告らは、1996年9月26日、被告らの違法な公金支出等について、沖縄県監査委員会に対し、地方自治法242条1項に基づく監査請求をおこなったところ、同監査委員会は、同年10月29日付けで、原告らに対し、監査請求の適法要件を備えているにも拘わらず、右監査請求を違法に却下する旨の通知をした。

第六、結語

 よって、原告らは被告らに対し、地方自治法242条の2第1項1号、4号前段に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

                                   1996年11月25日、以上です